ADHDの料理は同時進行で破綻する。工程を一列に並べる段取り術
「レシピ通りに作ったはずなのに、気づいたらご飯を炊き忘れておかずだけ完成している」「煮込んでいる間にスマホを見ていたら、鍋から焦げた匂いがしてきた」。
料理でこういう失敗を繰り返している人は少なくない。しかもADHDの特性を持つ人の場合、料理は単なる「不慣れな家事」では終わらない。台所に立つたびに小さな失敗が積み重なり、やがて「料理は自分には向いていない」という結論に飛びつき、キッチンに立つこと自体を避けるようになってしまう。
失敗の重ね方は静かで、しかも積み重なる。切っている途中で鍋の中身が気になり、鍋を見ている間に切りかけの野菜のことを忘れ、洗い物が流しにたまっていくのを横目にしながら「なんでこんな簡単なことができないのか」と自分を責める。この感覚が繰り返されるうちに、料理そのものへの苦手意識が固まっていく。
だが、その結論は事実とは異なる。料理がうまくいかないのは、腕が悪いからでも、要領が悪いからでもない。料理という家事そのものが、「煮ながら切りながら洗う」という、複数の作業を同時に頭で追い続けることを前提にした構造をしているだけである。
この記事では、料理がなぜADHDの脳にとって破綻しやすい構造になっているのかを脳の仕組みから解き明かし、そのうえで工程を一列に並べ直す4つの段取り術、そしてよくある疑問までをまとめて解説する。書いているのは、ADHD当事者として同じ失敗を繰り返してきたシュタインである。
料理でADHDが破綻する最大の原因:脳の「机」が煮る・切る・洗うで同時に埋まる
料理という家事は、実のところ強制的なマルチタスクである。鍋を火にかけながら別の食材を切り、切りながら洗い物にも手を伸ばし、合間に味付けのタイミングも計る。レシピ本の手順は「1、2、3」と一列に並んでいるが、実際の台所では複数の工程が同時に進行することを前提に組まれている。
この「同時に進行する」という構造が、ADHDの脳にとって特に厳しい。人が何かを覚えておきながら作業をするとき、脳の中には情報を一時的に置いておくための「机」のようなスペースがある。定型発達の脳であれば、この机の上に「鍋の火加減」「切りかけの野菜」「洗い物の順番」を同時に広げておいても、なんとか管理しきれる。
だがADHDの脳では、この机が人より小さい。一つのことに注意を向けている間に、机の上に置いていたはずの他の情報がこぼれ落ちてしまう。切り物に集中している間に鍋の存在ごと机から消え、気づいたときには焦げた匂いがしている。逆に鍋の様子を気にしている間に、切りかけの野菜のことも、米を炊くという最初の工程そのものも机から消えてしまい、おかずだけが完成してご飯だけが炊飯器の中で真っ白なまま、という事態が起こる。
これは、なぜADHDは人の話が頭に入らないのかで説明したワーキングメモリのパンクと、まったく同じ構造である。あちらは「相手の話を聞きながら、次に言うことも考える」という同時進行が机を溢れさせていたが、料理では「煮る・切る・洗う・味を見る」という複数の工程が、同じように机を奪い合っている。話が頭に入らないのも、鍋を焦がすのも、根っこにある仕組みは同じなのである。
さらに厄介なのが、洗い物という工程が持つ負荷である。使った鍋やまな板がシンクに積み上がっていくと、視界に入るその山自体が「片付けなきゃ」という圧をかけ続けるようになる。ADHDが片付けられない理由で扱った、物が視界にあるだけで脳のエネルギーを奪われるという仕組みは、キッチンでもそのまま起きる。洗い物の山を見た瞬間に台所に立つ気力そのものが失われ、次の料理にすら手をつけられなくなるのは、この延長線上にある。
つまり、料理が破綻するのは根性の問題ではない。「同時に複数の工程を進行させる」という料理そのものの設計と、ADHDの脳の机の小ささが噛み合っていないだけである。必要なのは、同時進行の腕を鍛えることではなく、そもそも同時進行という構造自体をやめ、工程を一列に並べ直すことである。
工程を一列に並べる4つの段取り術
前章の理屈をそのまま裏返せば、対策の方向は見えてくる。やるべきは、複数の工程を同時にこなす能力を鍛えることではなく、「同時」を「直列」に組み替え、脳の机に一度に乗る情報の量そのものを減らすことである。
4つの段取り術は、それぞれ前章で挙げた負荷にそのまま対応している。1つ目は工程そのものを直列に並べ替えるもの、2つ目は手順を頭の中に置かずに外に出すもの、3つ目は献立を決めるという判断そのものを減らすもの、4つ目は鍋を見ておくという記憶を外部化するものである。4つとも「料理の腕を上げる」のではなく「料理という作業の同時進行を減らす」という一貫した方向を向いている。
1. 切り物を全部先に終わらせてから、はじめて火をつける
「切りながら煮る」をやめ、切る工程と煮る工程を完全に分離する。
- 具体的な工夫:レシピにどんな順番で書いてあっても、まず全ての食材を切り終える、洗い終える、下ごしらえを済ませるところまでを1つの工程として先に完了させる。火を使う工程は、まな板の上に何も残っていない状態になってから初めて始める。
- なぜ効くのか:「切る」と「煮る」が同時に進行している間は、脳の机の上に両方の工程が乗り続ける。切り物を先に全部終わらせてしまえば、火をつけた時点で机には「鍋を見る」という1つの情報しか残らない。同時進行そのものが物理的に発生しなくなる。
- ありがちなつまずき方:この工夫で失敗する人の多くは、「せっかく鍋の前にいるから、待ち時間に次の食材も切っておこう」と欲を出してしまう。この瞬間に切る工程と煮る工程が同時進行に戻り、鍋から目を離した隙に焦がすという、元の失敗が復活する。切り物と火入れは絶対に混ぜないと決めておくことが肝心である。
- 今すぐできる最初の一歩:次に料理をするとき、コンロの火をつける前に「まな板の上に食材が1つも残っていないか」を確認する習慣を1回だけ試してみる。それだけで、切る工程と煮る工程が自然と分かれる。
2. レシピを見ながら作らず、3行の手順に書き出してから始める
手順を頭の中やレシピ本のページに置いたままにせず、先に外へ出しておく。
- 具体的な工夫:料理を始める前に、レシピを見ながら「①切る ②焼く ③味付けする」のように、工程をごく短い3行程度に書き出す。書き出したメモを台所の目につく場所に置き、調理中はレシピ本ではなくこのメモだけを見る。
- なぜ効くのか:レシピ本を見ながら作るという行為は、「読む」「理解する」「手を動かす」を同時進行させている。先に3行へ圧縮しておけば、調理中に脳がやることは「メモを見る」「その通りに手を動かす」の2つだけになり、細かい手順を記憶し続ける負担そのものが消える。
- ありがちなつまずき方:几帳面な人ほど、レシピの分量や細かい手順まで一言一句メモに書き写そうとしてしまう。これでは書き出す作業自体が新たな負担になり、結局レシピ本をそのまま見ながら作るのと変わらなくなる。メモは細かさではなく、工程の順番だけを覚えておくためのものと割り切ることが大切である。
- 今すぐできる最初の一歩:次に作る料理のレシピを開いたら、紙でもスマホのメモでもいいので「①②③」の3行だけを書き出し、レシピ本は一度閉じてから台所に立ってみる。
3. 品数を減らし、毎回同じ型で作る
献立をゼロから考えるという判断そのものを、あらかじめ消しておく。
- 具体的な工夫:「主菜1つ+汁物1つ」のように、作る品数の上限をあらかじめ決めておく。さらに、平日は同じような構成の型(例:肉か魚を1つ焼く+野菜を1つ切って添える)を毎回繰り返し、日によって全く違う献立をゼロから組み立てることをやめる。
- なぜ効くのか:品数が増えるほど、同時に進行させなければならない工程の数も比例して増える。品数を減らせば同時進行の量そのものが減る。さらに毎回同じ型を使えば、「何を作るか」という判断そのものを消すことができ、その分の脳のエネルギーを工程の管理に回せる。
- ありがちなつまずき方:品数を減らすことに罪悪感を覚え、「品数が少ないと栄養が偏るのではないか」「手抜きに見えるのではないか」と考えて元の献立数に戻してしまう人がいる。しかしここで扱っているのは栄養指導ではなく、脳への負荷を減らして台所に立ち続けられるようにするための工夫である。品数の多さと、続けられるかどうかは別の話だと切り分けておくとよい。
- 今すぐできる最初の一歩:次の食事から、まず「主菜1つ+汁物か副菜1つ」という上限だけを決めて作ってみる。品数はいつもより減らしてよい。
4. タイマーで「火を見ておく」という記憶を外部化する
鍋の存在を頭の中で覚え続けるのをやめ、時間の管理をタイマーに任せる。
- 具体的な工夫:火にかけた瞬間に、必ずタイマーをセットする。煮込みなら煮込み時間、揚げ物なら揚げ時間など、鍋やフライパンから離れる可能性がある工程には必ずタイマーを併用し、鳴るまでは他の作業をしていても構わないと決めておく。
- なぜ効くのか:「鍋を見ておかなければ」という意識を頭の中に置き続けることそのものが、脳の机を占領する。タイマーに時間管理を任せてしまえば、鍋のことを覚えておく必要がなくなり、その分の机のスペースを他の作業に使える。これはADHDで時間感覚がないで扱った、時間の経過を頭の外に出して管理する仕組みの台所版である。
- ありがちなつまずき方:「音が鳴るまで完全に忘れて、別の部屋に行ってしまう」という使い方をして、火を使っていること自体を忘れてしまう人がいる。タイマーは記憶を外部化する道具であって、その場を完全に離れてよいという意味ではない。台所の中で別の作業をする、という範囲にとどめておくことが前提になる。
- 今すぐできる最初の一歩:次に鍋やフライパンを火にかけたら、その瞬間にスマホか台所のタイマーで時間をセットする。それだけを、まず1回試してみる。
4つに共通する考え方
4つの段取り術に共通するのは、「同時に多くのことをこなす能力を鍛える」のではなく「同時進行という構造そのものをやめる」という方向性である。切り物を先に終わらせる工夫は工程を直列に並べ替え、3行メモは手順を記憶する負担を消し、品数を減らす工夫は判断そのものを減らし、タイマーは鍋を見ておく記憶を外部化している。
これは、料理本やレシピサイトが前提にしている「手際よく同時進行できるのが料理上手」という価値観から、意図的に降りるということでもある。自分の脳の机の大きさに合わせて台所の動き方を組み替えるのであって、レシピの理想的な手順に自分の脳を合わせようとしないことが、台所に立ち続けられる仕組みの鍵になる。
よくある質問
レシピ通りに作れず、途中で手順がぐちゃぐちゃになってしまう場合はどうすればよいか
レシピをそのまま見ながら作ろうとしていること自体が、同時進行を増やしている可能性が高い。2つ目の段取り術で説明した通り、まずレシピを3行程度の短い手順に圧縮し、レシピ本ではなくその3行だけを見ながら作ることを試してみるとよい。手順が細かいほど、読む・理解する・手を動かすの同時進行が増え、脳の机が溢れやすくなる。
買い物の段階で、何を作るか・何を買うかを決められない場合はどうすればよいか
献立をゼロから考えるという判断そのものが、料理の前段階からすでに重い負荷になっている。3つ目の段取り術で説明した「毎回同じ型」を、買い物にもそのまま応用するとよい。例えば「肉か魚を1つ、野菜を2種類」というように、買うものの型をあらかじめ固定してしまえば、売り場で毎回ゼロから献立を組み立てる判断を省ける。品数と同じく、買い物での判断も減らせるところから減らしておくという考え方である。
作り置きを試したが、続かなかった場合はどうすればよいか
作り置きが続かないのは、料理そのものの苦手さとはまた別に、「仕組みを続けること自体が続かない」という習慣化の問題が重なっている場合が多い。この点についてはADHDで習慣化できないで、続ける仕組み自体をどう作るかを詳しく解説している。まずは今回の段取り術で1回1回の調理そのものの負荷を下げたうえで、続ける仕組みは別の問題として切り分けて考えるとよい。
そもそも自炊はすべきなのか、外食や惣菜に頼ってはいけないのか
すべきかどうかを断定することはしない。この記事の出発点は、料理が続かないのは意志が弱いからではなく、料理という家事の同時進行の構造がADHDの脳の仕組みと噛み合っていないという点にある。外食や惣菜に頼ることが悪いことだとは考えていないし、栄養の指導をする立場でもない。自炊をするかどうかは各自の状況次第であって、自炊をする場合に台所での負荷をどう減らすかという範囲が、この記事の扱う話である。
まとめ
- 料理が破綻するのは意志や腕の問題ではなく、「煮ながら切りながら洗う」という同時進行の構造が、脳の机を溢れさせるためである
- この構造は、なぜADHDは人の話が頭に入らないのかで説明したワーキングメモリのパンクと同じ仕組みである
- 洗い物の山が視界にあるだけで、台所に立つ気力そのものを奪う
- 対策は「切り物を全部先に終わらせる」「3行の手順に書き出す」「品数を減らし同じ型で作る」「タイマーで鍋を見ておく記憶を外部化する」の4つ
- 目指すのは同時進行の腕を鍛えることではなく、工程を一列に並べ直すという仕組みを作ることである
まず今日はこれだけ、というなら「火をつける前に、まな板の上に食材が残っていないか確認する」ことから始めるとよい。それだけで、切る工程と煮る工程の同時進行が1つ減る。4つの段取り術を一度に完璧にこなそうとする必要はない。それこそが、同時進行を頑張ろうとするほど脳の机が溢れるという、この記事の最初の話に逆戻りしてしまうからだ。
1人で仕組みを作るのが難しいと感じたら
ここまでの4つの段取り術は、どれも今日から始められるやり方であって、自分の生活や台所の環境に合わせて仕組みを組み直すところまでを1人でやるのは難しいと感じることもある。自分の脳の特性に合わせて台所の仕組みを作り直すサポートが必要だと感じたら、無料のLINE特典を用意している。こちらから受け取れる。
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